研究紹介

私は重力とはなにか、という問いに実験で迫る様々な研究を行っています。

重力は我々にとって身近な力ですが、他の力に比べて非常に弱い、全てのものに等しく働くなど不思議な性質を持っています。素粒子の標準理論では電磁力、強い力、弱い力といった他の基本相互作用の全てを量子力学に基づいて統一的に説明することができます。しかし、重力だけは一般相対性理論でないと説明することができません。重力の不思議は、宇宙のインフレーションや加速膨張、ダークマターといった最先端の謎に深く結びついており、我々が知らない新しい物理の存在を示唆しています。

そこで私は、重力波観測による重力理論や宇宙論の検証を目指し、重力波望遠鏡の開発を行っています。また、重力波望遠鏡のレーザー干渉計技術を活かし、ダークマター探索実験巨視的量子力学の検証実験相対性理論の検証実験など様々なアプローチで重力に迫る研究を行っています。

重力波

重力波とは時空の歪みが波として伝わる現象です。トランポリンの上で激しく動くと、トランポリンが波打つのと同じように、重力波は重たい物体の激しい運動で発生します。しかし重力波による空間の歪みの大きさはとても小さく、検出は困難を極めます。アインシュタインが存在を予言してから100年もの間、重力波の直接検出はなされていませんでした。

しかし2015年、アメリカにある2台の重力波望遠鏡Advanced LIGOがついに重力波を初検出しました。太陽の30倍程度の質量を持つブラックホール同士が合体する瞬間に発生した重力波でした。また、2017年にはイタリアにあるAdvanced Virgoとともに、連星中性子星合体からの重力波が初検出され、世界中の天文台が追観測を実施しました。重力波による新しい天文学が幕を開け、宇宙の新しい姿が明らかになってきています。

この重力波天文学をさらに進めるためには、高精度な多数の信号を、複数の望遠鏡で検出する必要があります。そのために現在世界中で、望遠鏡の高感度化や建設が進んでいます。国際観測ネットワークが完成すれば、ブラックホールの起源や中性子星の内部状態に迫ることができると期待されています。さらに、複数台で重力波を観測することにより、重力波の偏極モードが分離できるようになり、波源のパラメータ決定精度向上や修正重力理論のより精密な検証が可能となります。パラメータ決定精度向上により、宇宙の膨張速度を表すハッブル定数もより精度良く決定することができるようになります。

日本では岐阜県神岡に、大型低温重力波望遠鏡KAGRA(かぐら)の建設を進めています。KAGRAは世界で唯一、静寂な地下環境に建設された一辺3 kmのレーザー干渉計です。また世界で唯一、干渉計を構成する鏡を冷やすことで熱振動を抑え、高感度化を図っています。私はKAGRAの主干渉計グループのチーフとして、干渉計の研究開発を行ってきました。カリフォルニア工科大学に異動してからは、40mプロトタイプ干渉計を利用した量子雑音低減実験や、低温シリコン鏡を利用したLIGOのアップグレード計画Voyagerに向けた研究開発を行っています。

さらに、LIGOやKAGRAのような地上に建設された重力波望遠鏡では検出することのできない、低周波の重力波検出を目指した開発も進めています。特に、宇宙重力波望遠鏡DECIGO(でさいご)は0.1-10 Hz帯に特化した望遠鏡で、実現されればインフレーション起源の原始重力波を検出することができます。原始重力波の観測により、インフレーションの機構を明らかにすることが究極の目標です。

ダークマター探索

様々な宇宙観測によって、我々の宇宙はダークマター(暗黒物質)で満たされていることがわかってきました。ダークマターは通常の物質と重力以外の相互作用をほとんどせず、光を出さない物質です。その存在は銀河の回転速度の観測や重力レンズの観測などから強く示唆されてきました。近年では宇宙マイクロ波背景放射の温度ゆらぎの観測から、宇宙の全物質の約80%はダークマターであることがわかっており、この観測結果により得られた宇宙の標準モデルは他の観測を驚くべき精度で説明できています。

一方で、ダークマターの正体は全くわかっていません。特に有力な候補と考えられてきたのはWIMP (Weakly Interacting Massive Particles) と呼ばれるわずかな相互作用をする重い粒子や原始ブラックホールなどです。ところが、これらを探索する長年の大規模な観測や実験にも関わらず、解決の糸口は得られていません。そこで近年、新しい発想で、より網羅的にダークマターを探索する必要性が指摘されています。

我々はレーザー干渉計とダークマターのわずかな相互作用に着目して、WIMPに比べると10桁以上軽い超軽量ダークマターの探索を行っています。超軽量ダークマターは個々の粒子というよりは古典的な波としてふるまうため、特に宇宙論の観点から高い注目を浴びています。レーザー干渉計は波が引き起こす周期的な変動を精密に測定することに適した装置です。特に、レーザー光の偏光面の回転を調べることでアクシオンと呼ばれるダークマター候補を探索する新手法を提案しました。また、レーザー干渉計を構成する鏡に働く非標準的な力を探索することで、ダークマター探索を行うこともできます。こうした新しい手法により、かつてない精度での探索を行うことを目指しています。

巨視的量子力学の検証

量子力学では状態の重ね合わせを基本的な原理としています。有名なシュレーディンガーの猫は、猫が生きている状態と死んでいる状態が重なり合った状態です。実際、原子や分子といった微視的なスケールでは、このような重ね合わせ状態は観測されています。しかし我々は普段、猫のような巨視的なスケールでの重ね合わせ状態を観測することはありません。量子力学はスケールによらないはずなので、量子力学が完全に正しいとすれば巨視的なスケールでも重ね合わせ状態が観測できるはずなのにです。

この問題は現代物理学における最大の問題の一つになっています。この問題の解決方法としては大きく分けて2つの考え方があります。一つは量子力学は正しいが、単に我々の技術が足りないために観測できないのだという考え方です。もう一方は、巨視的スケールでは量子力学を修正する必要があるという考え方です。例えば、重たい物体の位置が重ね合わせ状態になると、その物体が作り出す重力場も重ね合わせ状態になってしまいます。そのため、巨視的スケールでは重力の効果によって、重ね合わせ状態が壊される可能性も指摘されています。

近年の精密計測技術の目覚ましい発展によって、この問題に実験的に迫れるようになってきました。我々は特に、鏡とレーザー光の結合系を利用して、巨視的量子力学の検証を目指した実験を行っています。巨視的スケールでは通常、環境からの擾乱が大きいためにその量子性が覆い隠されてしまいやすいという課題があります。そこで我々は、mgスケールの鏡をレーザー光の圧力のみによって支えることで鏡を環境から孤立させる新しい手法を提案しました。この光学浮上によって、これまで研究があまり進められてこなかったmgスケールにおける巨視的量子力学の検証が進むと期待されます。

ローレンツ不変性の破れの探索

アインシュタインの特殊相対性理論によれば、光の速さはどの方向に進む場合でも同じです。このように物理法則が方向によって変わらないことをローレンツ不変性と言い、全ての物理学の基礎となっています。実際、ローレンツ不変性の正しさは多くの極めて精密な実験によって確かめられています。

しかし近年、相対性理論と量子力学を統一的に理解しようとする理論的研究から、このローレンツ不変性がわずかに破れている可能性が示唆されるようになりました。もし破れているとすると、光の速さが方向によって異なることになります。

我々はこの光速の異方性を探索する実験を行っています。特に、これまでのレーザー干渉計では探索が難しかった片道光速の異方性に着目して、新しいタイプの光リング共振器を開発しました。この光リング共振器を用いて、一方向に進む光の速さと逆方向に進む光の速さにずれがないかどうかを確かめる実験を行っています。これまでに、光速の相対的なずれにして10-15という世界最高精度で、ずれがないことを証明しました。現在はより精度の高い測定を目指し、装置の高感度化の研究を行っています。